20歳のとき、女一人でアメリカ大陸横断しました。⑭NYの国際連合を拝んで、ケネディ空港からシアトルへ

20歳のとき、女一人でアメリカ大陸横断しました。⑭NYの国際連合を拝んで、ケネディ空港からシアトルへ

こんにちは、Kayoです。私は20歳のとき「一人で何かやってみたい」と思い、アメリカを電車で横断することにしました。

第1話→20歳のとき、女一人でアメリカ大陸横断しました。①きっかけ編

鉄道で12,000km、約2週間を渡って見えたもの、そしてその全容をお伝えすることで、これからアメリカ横断してみたいという方の背中を押したいと思い、このブログを書いています。

 

このシリーズも今日で最終回。最後は、ニューヨークから一人旅を振り返りながら、飛行機でシアトルへ帰ります。

前回→20歳のとき、女一人でアメリカ大陸横断しました。⑬ニューヨークで自由の女神に会いに、会い・・・あれっ?

 

 

20歳のとき、女一人でアメリカ大陸横断しました。⑭NYの国際連合を拝んで、ケネディ空港からシアトルへ

 

自由の女神が微笑んだような気がした

ニューヨークに来て必ず成し遂げたかったこと=”自由の女神を見ること”は、乗る船こそ間違えたものの達成することができた。

いよいよ明日は2週間の旅の最終日。国際連合を見学してケネディ空港からシアトルへ帰る。

 

Faithにお別れを言う

ニューヨーク最後の朝を迎えた。私はFacebookにて「NYで宿がない!」と 叫んでいたところを助けてくれた友達のFaithに、泊めてくれたお礼とお別れを言った。

 

シアトルで数回しか会ったことがない私を泊めてくれる彼女は、天使かと思ったが、アメリカでの留学中、何もわからない日本人の私を優しく迎えてくれる人がたくさんいた。彼ら・彼女らに具体的に何かお返しできたわけじゃないけど、今でもその優しさが私の心の中に残っている。

 

最終日は雨のニューヨーク

彼女の家を出て、私はまたボストンバッグを持って外に出た。雨だ。この旅はじめての雨。昨日まで暑かったニューヨークに涼しい風が吹いている。

 

国際連合に寄ろう

ニューヨークといえばいろんな見所があるが、教科書で読んだ国際連合に行ってみたいと思った。

国際連合はマンハッタンの東側。タイムズスクエアから電車で1本、20分くらいでいける。

降り立った。日曜の国際連合は人の出入りもほとんどなく、静かな感じだ。

これこれ、教科書で見た国際連合本部だ。

国際連合の中に入るには簡易的な手荷物検査を受ける必要がある。国連のロビー周辺は無料で見て回ることができ、歴代の事務総長の肖像なんかもある。アメリカって、こういう肖像多いよな。

国連をもっとしっかり見学したい人には有料のツアーが用意されている。事前にネットでツアーに申し込めば、あの会議場も見られるので、もっと国連について知りたい方はぜひ中まで入ってみよう。大人約20ドルだ。

 

国際連合ツアー予約ページ

 

ケネディ国際空港へ

国際連合を出て、そろそろ時間だ。空港へ行かなくちゃ。この旅最後の移動はニューヨークからシアトルまで飛行機で帰る。片道5時間かかるのに対してチケットは134ドル。アメリカの国内線はこの手の破格運賃が普通だ。飛行機はデルタ航空。

 

アメリカは国内でも5時間の飛行機移動はザラだ。それでいてチケットがむちゃくちゃ安い。アメリカで安い国内線チケットを取るなら、Travelocityがおすすめ。日本人は馴染みがないと思うが、アメリカ国内線に限ってむちゃくちゃ強いので押さえておこう。

 

ニューヨークからシアトルに帰る空港はケネディ国際空港。ニューヨークの空港というから、たいそうご立派かと思いきや、けっこうこじんまり(というか古い)した印象。

場所はマンハッタンを離れ、東に1時間ほど行ったところにある。あまり近くないので、チェックインに間に合うように注意したい。

 

ふと寂しさに襲われる

ケネディ国際空港につき、私は物々しい保安検査のXray検査を受けながら物思いにふけっていた。

 

とうとうこの旅も終わりか・・・

 

 

長かったような短かったような、電車でのアメリカ横断。各都市での滞在時間よりも、電車に乗っていた時間が長かったんじゃないか。

一人で長旅をするのは、精神的にかなりのトレーニングになった。120時間も電車に乗ったのだから、これからは大体のことを我慢できそうだ。

 

最後に私のアメリカ横断を振り返ろう。

 

アメリカ横断ひとり旅で学んだこと

アメリカの広さを知った

アメリカ鉄道横断で移動した距離はトータルで12,000kmだった。これは日本を3往復しても足りないくらいの距離だ。そんな大移動を通して私はアメリカの地域性を知れた。

これまで私が知っていたアメリカは、留学先のシアトルだけだった。シアトルは人がのんびりしていて、コーヒー屋さんがたくさんあって、ほのぼのとした感じ。

それを4時間南下してオレゴン州に行くと、そこはとにかく牧場が続く平野で、ひたすら牛を眺めるという日本人観光客が通常味わえない体験をしたのち、

そこから11時間かけてサンフランシスコに行くと日中は暑くてサイクリングすると美しい光景があったが夜は意外にも寒く、

バスで10時間内陸に入ったロサンゼルスは蒸し暑くて観光的・商業的な都会だった。

また11時間電車に乗り、内陸のアリゾナ州に行くといきなり砂漠とサボテンの景色になり、「ニューメキシコ」という地名の由来がよくわかる絵だった。そして早起きしてバスに揺られること3時間で着いたグランドキャニオンがあまりにも凄すぎて、人生の中で一番驚嘆した記録は今でも塗り替えられていない。

そこから驚異の33時間移動でハリケーン差し迫るなかシカゴに行くと、雰囲気が西海岸とは打って変わり、”ザ・都会”のビジーでうるさい雰囲気。まるで東京にいるかのようで個人的には好きではなかった。

かと言って、そこから11時間東に行った先のワシントンDCの都会は、シカゴのとは雰囲気が変わり、歴史的・政治的な建造物が見応え満載だった。外国人観光客がアメリカに来てまず行くべき街だと感じた。でもDCには普通に住んでいる人がたくさんいるし、すごく親切な人ばかりだった。

一転、ニューヨークはテレビで見るよりも賑わっていた。夏というせいもあっただろう。とにかく観光客の嵐で、ゴミゴミするわ、タクシーは全部黄色いわ、でも意外と建物は古くて昔ながらな感じも残しているわで、ごちゃまぜな感じだった。正直ここで仕事をしろと言われても、私だったら集中できない。住むのもできないかな(^^;

そんな感じで一口に「アメリカ」と言えど、広いために国全体の印象を一言では言えない。強いて表現するなら「広い・地域により違う」となる。

 

外国でも「僕はアメリカ出身です」とは言わないアメリカ人

世界のどこかでアメリカ人に会った時に「どこ出身ですか?」と聞くと、決して「アメリカ出身だ」とは言わず、「フロリダ州だよ」と、州の名前を言う。

それだけアメリカは大きいし、地域性があるし、そしてアメリカ人自身が「アメリカは州によって色が全然違うんだ!」という自覚を持っているのだ。

それに実はアメリカ人は海外旅行をしない。広いから、国内で手いっぱいらしい。それも一説だが、アメリカ人は「アメリカが一番なのに、なぜ海外に行くのだ」と思っているから、わざわざ国から出ないという説もある。彼らはけっこうドメスティックな国民性なのだ。

もっともっと、アメリカについて知ったことはたくさんあったが、キリがないのでこの辺にしておこう。いずれにせよ、アメリカについて本で読んだ内容と、自分の足で行き、目で見たアメリカは全然違った。

 

暇を楽しむ力を習得した

今思い出すと「よくアメリカを鉄道で横断したな」と思う。大陸でもあるアメリカを横断するには、乗車時間が120時間と、首を長くしたところで一向に目的地に着かない果てしなさを感じた。

特にアリゾナからシカゴへの33時間乗車なんて普通の人は信じられないと思うが、、、、、これが実際やってみると案外イケるのだ。電車は8時間を超えた時点で、もはや感覚的に10時間も30時間も変わらなくなる。たぶん、50時間でもイケるんじゃないかと思う。とにかく電車でアメリカ横断したことは、私にひたすら外の景色を見て楽しむ心の余裕と辛抱強さを与えてくれた。

人と自分を信じられるようになった

アメリカ横断をしていると、数々の苦難があった。「言葉が通じない」はもちろん「インターネットが繋がらない」はいつものことだし、「電車に乗り間違えた / 違う船に乗っちゃった」もよくあった。宿が見つからない日もあれば、知らない人に奢ってもらうような日もあった。

今では「よくそんなんで無事横断できたな」と思うが、意外にも旅先で出会う人というのは、ほとんどいい人だった。(確かに、長距離旅行者しかいない鉄道で出会う人なら、余裕のある人ばかりだというのは納得できる。)

 

それに旅を続けるにつれだんだんと「ヤバイ/大丈夫」というのを嗅ぎ分けられるようになってきた。ヤバイ場所や人というのはオーラでわかるようになるのだ。そのスキルは今でも錆びていない。この後20カ国を一人で旅することになるが、危険な目にあったことは一度もない。

安全面もそうだが、課題を乗り越える力もついた。当時はスマホがなかったから、道でわからないときは”人に聞く”、”太陽の位置で方角を感知する”、”風を読む”ことでなんとか目的地にたどり着いた。

 

最後の”風を読む”とは、人は窮地に立つとこれまでの経験がブワワ〜〜〜っとフラッシュバックして、「こっちだ!」とう道を示してくれる感覚。言葉で説明するのは難しいけど、この独特の嗅覚はいろんな経験を積んで得ることができた。

人の優しさを知り、自分の強さを知ることができた旅だった。

 

「今この瞬間」を楽しめるようになった

旅をする前の私はいつも「何かの準備」をしていた。「大学へ行くために」「留学するために」「社会人になるために」「子供を産むために」・・・でも、旅を通してたくさんの人に会ったことで、私の中に新しい感覚が芽生えた。

旅先では電車で隣に座った人と2時間も3時間も語り合うことがあった。ホステルでたまたま一緒の部屋になったマーシャとグランドキャニオンにまで行ったのもその流れの一つだ。

NYで私を泊めてくれたFaithも、ひょんなことで4日間共にしてくれたのだ。

そしてアメリカ横断を終えて8年がたった。この8年は、横断中に出会った人にはほとんどに再会していない。それにこの先、一生再会できない人の方が多いだろう。

 

でも、それも、いい。

 

「いつかまた会えると思っていたら、会えない」

人の出会いで、そんなことは多い。別の事に当てはめると

 

「いつかのために、備えていたら、その時が来ないこともある。未来への準備も大事だけど、今は今しかないから楽しもう。」

ということ。未来のために今を我慢して、今この瞬間の喜びや楽しみをスキップする人生はもうやめようと私はこの時思った。

 

 

「人生は一期一会」

 

決して消費的ではなく、”今”を感謝しつつ楽しみ、この一瞬一瞬の出会いを大事にする。人生の教訓を学んだ、そんな一人旅となった。

 

これまでありがとうございました。

全14回にわたって連載した「20歳、アメリカ鉄道横断」物語。これにて終了になります。これまで読んでくださったみなさま、コメントやご質問をくださった方々、応援していただきありがとうございました。

 

20歳の時の私はとにかく「挑戦してみたい」という気持ちが強くて、でも何に挑戦したらいいかわからない。だったらとにかく今住んでいるアメリカを横断しようという熱意でスタートしました。120時間も電車に揺られ、宿泊も交通費も10万円以内で収めたあの気迫は、けっこう周りから見て怖かったと思います 笑

若い時というのは、気力と体力はあるけど、それを何に使ったらいいかわからない。部活や勉強でもいいけど、「自分で考えて新しい挑戦をしたい」と思って行動したのが「旅」でした。

そして結果的にこの旅は私に”自分を信じる力”と”他人に感謝する気持ち”を与えてくれました。

 

もし今、「旅に出てみたい」「海外に興味がある」という気持ちが少しでもある人は、ぜひ行ってください。思い立った時に行って、自分の足で歩いて、目で見てください。世の中について考えられるのは自分で外に行ってからです。

 

私がメッセージとして残せるのはこれだけです。私は旅を続けます。そして皆さんもぜひ素敵な人生の旅を歩んでくださいね。

これまで本当にありがとうございました。よい旅を!

それではまた。

 

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